- オーストラリアのASRSやカリフォルニア州のSB 253/SB 261など、気候関連の情報開示規制が拡大する中、CFOはカーボンマネジメントと株主価値の両立という課題に直面している。
- 業界内での競争力を確保するには、排出量の絶対値ではなく「1ドルあたり排出量」などのベンチマークを活用した開示戦略が重要。PRリスクの予防にも有効。
- 短期ROIを得られる施策(冷媒代替、廃棄物削減など)に加え、サプライチェーン内での排出削減=インセッティングといったスコープ3への中長期投資が、財務・環境の両面で効果を発揮する。
- スコープ3分析はリスク管理にも有効。製薬会社の事例では、包装に関するデータ活用を通じて各国の規制変化を先読みし、数千万ドル規模の追加コストを回避した。
はじめに:CFOが直面する新たな気候リスクと投資判断のジレンマ
「法令遵守とベストプラクティスの境界線はどこにあるのか?」
シドニー出張中、あるCEOからそう尋ねられたことがあります。
この問いは、サステナビリティ投資を巡るCFOのジレンマを象徴していました。法的要件を満たすだけで十分なのか、それとも一歩先の“ベストプラクティス”を追求すべきなのか——その判断が、企業の長期的価値に直結する時代です。
特にスコープ3排出量(バリューチェーン全体の間接排出)の報告は、いまや法的義務の有無にかかわらず、無視できない経営課題となっています。
AASB S1/S2やカリフォルニア州のSB 253/SB 261など、グローバルで気候関連の情報開示が急速に義務化されつつあり、スコープ3のような全体排出量の最大90%を占める領域への対応は、CFOにとって「戦略的優位性の源泉」となり得ます。
いま、カーボンマネジメントはコスト管理ではなく、競争力の根幹。
財務責任者の役割も、単なる報告責任から、企業価値を創出する経営の中核へと進化しています。
現状と背景:なぜ今、CFOがカーボン戦略を担うべきか?
- 物理的リスクと規制強化に伴う企業責任の拡大
2025年1月時点で、7,000社超がSBT(Science-Based Targets:科学的根拠に基づく目標)を設定し、2023年比で約1.7倍に増加。単なる「グリーンウォッシュ」ではなく、企業が実効性のある脱炭素戦略に本腰を入れている証左です。 - 財務インパクトの「見える化」が求められる時代
BCGによれば、2024年時点でサステナビリティ投資の経済合理性を株主に伝えられている企業はわずか40%。2019年の37%からわずかな改善にとどまっています。透明性と戦略性が問われています。
カーボンフットプリントの管理を、いま始めましょう。
スコープ3排出量のマネジメントが、環境と企業価値の両面でどのような効果をもたらすかをご紹介します。
提言:CFOが注力すべき3つの戦略領域
1. リスク軽減:「開示前提」のベンチマーク構築
企業に求められるのは、単なる排出量の報告ではなく、業界内での自社の立ち位置を示すことです。気候関連開示が進む中で、こうした相対的な指標が、投資家やステークホルダーからの信頼獲得につながります。
Terrascopeは、ある国際的な製薬企業に対し、「1ドルあたりの排出量」というベンチマークを提示。財務指標と環境指標を結びつけることで、開示義務化に先駆けた戦略的な情報管理と社内外コミュニケーションの強化を支援しました。
これは、オーストラリアでのジェンダー賃金格差開示義務の例とも通じます。制度開始当初、多くの企業が準備不足によりPR上の問題に直面しました。気候関連開示においても、同様のリスクが想定されるため、早期のベンチマーク整備が不可欠です。
2. コスト最適化:削減ROIを定量的に可視化
再エネルギーの導入や廃棄物削減といったスコープ 1・2対策は、短期的に高い投資収益率(ROI)が期待できる施策として注目されています(出典:Kearney)。
Terrascopeが提供する「限界削減費用曲線」は、顧客である製造業のGreenfields社が、冷媒の代替といった即効性のある削減施策を特定し、実行計画に組み込む上で活用されています。
一方、スコープ 3(バリューチェーン全体の間接排出)においては、「インセッティング」というアプローチが効果的です。インセッティングとは、自社のサプライチェーン内で排出削減プロジェクトを実施し、外部でのカーボンクレジット購入などに頼らず、直接的に脱炭素効果を得る手法です。
Terrascopeは、農業テクノロジー企業Indigo Agと連携し、米国の綿花サプライチェーンにおいて再生型農業を推進。その結果、スコープ3排出量を40%削減するとともに、干ばつや豪雨といった極端気象への耐性向上、いわゆる気候レジリエンスの強化にもつながりました。
3. 成長戦略:スコープ3データを経営資源として活用
スコープ3排出量の詳細な分析は、単なる環境対応にとどまらず、事業リスクの把握や成長機会の発見にもつながります。
ある製薬会社では、包装に関するスコープ3データを活用し、オーストラリア、シンガポール、フィリピンといったアジア各国での規制変更(包装材への課税や罰則強化、物流調整の必要性)を事前に把握。戦略的な調達と商品設計の見直しにより、影響を最小限に抑えることができました。
一方、包装関連企業の別事例では、欧州におけるキャップ一体型容器の義務化に対応できず、数千万ドル規模の追加コストが発生。サステナビリティリスクを「財務インパクトが発生する前に可視化する」視点の重要性が改めて示されています。
まとめ:CFOのリーダーシップが企業価値を左右する
カーボンマネージメントの取り組みと株主に対する説明責任との両立は一見複雑に見えますが、戦略的に進めることで実現できます。CFOを筆頭とした財務経理の管理職や経営企画の方々が、
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戦略的なベンチマーク
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明確な投資基準
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データ主導の意思決定
を活用することで、サステナビリティは「コスト」から「企業価値の源泉」へと変わります。
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