企業の気候変動対応は、新たな段階に入っています。これまで、気候変動対応の共通言語や制度が整備され、2015年のパリ協定以降はネットゼロ目標の設定が世界的に広がりました。現在は、掲げた目標を実際の行動と成果につなげる「実行と説明責任」の段階へ移行しています。
2026年6月11日に公表された「SBTi企業ネットゼロ基準 V2.0」は、こうした変化を反映し、実行可能性と説明責任をより重視した基準となっています。重要になるのは、目標を掲げるだけでなく、確かな排出量データに基づく削減計画を策定し、経営層の関与や投資を伴って実行することです。
SBTの基本的な仕組みや認定取得のメリットについては、「SBTとは?認定取得メリットや日本企業の対応状況を解説」をご覧ください。
これまでネットゼロを「2050年の長期目標」として捉えていた企業にとって、V2.0は大きな転換となります。オンラインセミナーでも解説したように、V2.0ではネットゼロを「一度きりの目標」ではなく、5年サイクルで目標設定・実行・更新を続ける継続的な取り組みとして位置づけています。
つまりV2.0で問われるのは、2050年に何を目指すかだけではなく、直近5年間で何を実行し、どこまで排出量を削減できるかです。
SBTi企業ネットゼロ基準は2021年に策定され、今回が初の全面改訂となります。SBTiによると、V2.0では基準の42%が新設され、残りの項目も修正・拡張されています。
変更範囲は非常に大きく、SBTi自身も旧基準とV2.0を項目ごとに単純比較することは難しいとしています。
従来は、SBTiへのコミットメント後、短期目標と長期目標を設定・認定し、ネットゼロ達成に向けて取り組むという流れでした。
V2.0では、ネットゼロを一度きりの目標ではなく、5年ごとに目標設定・実行・評価・更新を繰り返す継続的な取り組みとして位置づけています。各サイクルの終了時に進捗を評価し、十分な削減ができなかった場合は、次のサイクルでより大きな削減が必要になります。一方、従来の長期目標や包括的なネットゼロ目標の設定は、原則として任意となります。
さらに、ガバナンスと第三者保証も強化されます。すべての企業に対して、最高意思決定機関による承認と移行計画の策定が求められ、ネットゼロへの取り組みがより経営レベルの課題として位置づけられます。
また、目標設定時の認定に加え、サイクル終了時にも進捗評価を行う仕組みとなり、目標設定から実行、評価までを継続的に管理することが求められます。
V2.0では、企業をカテゴリーAとカテゴリーBに分類し、それぞれに適用される要件を明確にしています。従来の中小企業(SME)向けの区分は、この2つのカテゴリーに置き換えられます。
カテゴリーAには、すべての大企業に加え、高所得国の中規模企業が含まれます。カテゴリーBは、小規模企業と、高所得国以外の中規模企業が対象です。企業規模は、売上高、従業員数、GHG排出量などをもとに判定されます。
カテゴリーは登録時に決定され、5年間のサイクル中は原則として変更されないため、早い段階で自社がどちらに該当するかを確認することが重要です。
カテゴリーによって適用要件には大きな違いがあります。カテゴリーBでは、移行計画の開示、基準年データの第三者保証、Scope 3目標の設定は任意です。ただし、移行計画そのものの策定は、すべての企業に求められます。
従来はScope 1とScope 2を合算して目標を設定していましたが、V2.0では、Scope 1とScope 2を分け、それぞれ排出量の100%を対象とした目標を設定する必要があります。これにより、特にScope 1では、自社の事業活動から直接発生する排出量の削減がより重視されます。
Scope 1では、「絶対量削減」に加え、重工業などの企業向けに柔軟な方法が用意されています。業界別の削減経路に沿った「排出原単位」目標や、長期使用する設備を対象に、既存設備を効率的に運用しながら低炭素設備へ段階的に切り替える「長寿命資産移行」アプローチを選択できます。
Scope 2では、購入した電力・熱・蒸気・冷却による排出量の100%を対象に、独立した目標を設定します。算定・評価には、実際に利用する電力網の排出量を反映するロケーション基準が用いられます。再エネプランや証書などのマーケット手段は引き続き活用できますが、ロケーション基準の排出量とは分けて、目標達成に向けた取り組みとして報告します。
Scope 2の目標は、次のいずれかで設定します。
低炭素電力(LCE)整合目標
排出量削減目標(ロケーション基準)
ここでいう「低炭素電力」は、従来の「再生可能エネルギー」より対象が広く、原子力やCCS(炭素回収・貯留)を利用した発電も含まれます。
また、カテゴリーA企業は目標期間中の電力使用量の予測を提出する必要があります。さらに、目標期間中に電力需要が年平均20%を超えて増加すると見込まれる場合は、低炭素電力(LCE)整合目標だけでなく、排出量削減目標の設定が必要です。
Scope 2では、こうした目標管理を支えるデータの精度も重要です。シンガポール最大手の小売企業フェアプライス グループでは、Terrascopeを活用して約570拠点のScope 1(冷媒)とScope 2(電力)データを店舗単位で統合。数か月を要していた手作業を自動化し、冷媒転換やメンテナンス改善など、排出量の変化を要因別に把握することで、次に取り組むべき削減施策の判断につなげています。
従来は、Scope 3が総排出量の40%を超える場合、短期目標ではScope 3排出量の67%、長期目標では90%をカバーすることが求められていました。V2.0では、この一律のカバー率が見直され、重要性と自社の影響力に基づいて対象を決める方式へ変更されます。Scope 3のカテゴリー1〜14のうち、全体の5%以上を占めるカテゴリーが対象となります。一方、自社で影響を及ぼすことが難しいカテゴリーは、除外する理由を公表・説明することで対象外とすることができます。短期のScope 3目標はカテゴリーAでは必須、カテゴリーBでは任意です。
V2.0では、Scope 3の目標設定方法も拡充され、次の3つの方式から選択できるようになります。
これにより、Scope 3対応では、単に一定割合の排出量を目標に含めるのではなく、排出量が多く、自社が影響を及ぼせる領域に削減施策を集中させることがより重視されます。調達部門や事業部門を巻き込み、どこに働きかけるかを判断することが重要になります。
Scope 3の算定・削減が難しい理由や、企業が直面しやすい課題とその解決策については、「スコープ3(Scope 3)が難しい理由と解決策|Terrascopeの支援事例」で詳しく解説しています。
V2.0では、カテゴリーA企業に対して、基準年のGHG排出量データと目標設定に使用する指標について、目標認定前に限定的保証を受けることが求められます。また、5年サイクル終了時の進捗評価にも第三者保証が必要です。カテゴリーB企業では、第三者保証は推奨事項となります。
さらに、年次報告も拡充され、実施した取り組みだけでなく、目標達成を妨げた障壁についても継続的に開示することが求められます。
そのため、V2.0対応では、まず第三者保証に対応できるGHG排出量データの基盤を整備することが重要です。これが、その後の目標設定・認定・進捗評価を支える土台となります。
SBTi企業ネットゼロ基準 V2.0への移行は段階的に進められます。カテゴリーA企業では、現在の目標設定状況によって取るべき対応が異なります。
2027年Q1: V2.0の目標認定ポータルがオープンし、V2.0に基づく目標の登録・提出が可能に
2028年1月31日: 現行基準(V1.3.1 および短期目標基準 V5.3)に基づく目標提出期間が終了
2028年以降: 2030年目標を設定済みの企業は、次の2030~2035年の目標をV2.0に基づいて設定
実際には何を意味するのか
V2.0では、ネットゼロへの取り組みが、短期的な削減の実行を軸に、継続的に管理・評価する取り組みへと変わります。大企業には、第三者保証に対応できるScope 1・2の排出量データ、重要性に基づいて目標を設定できる粒度のScope 3データ、そして5年サイクルで目標設定・実行・更新を続けられる体制が求められます。
つまりV2.0で重要になるのは、ネットゼロを見据えた目標を設定し、その進捗を信頼できるデータで示しながら、5年ごとに更新していくことです。Terrascopeは、第三者保証を見据えたGHG排出量データの整備から、カテゴリー・サプライヤー単位でのScope 3の可視化、5年サイクルでの目標・進捗管理まで、V2.0対応を支援します。
TerrascopeによるSBTi V2.0対応支援
Terrascopeでは、V1において外部保証からSBTi認定まで支援したすべての顧客が認定を取得しています。カゴメ、伊藤園、JTなどの企業を支援してきました。V2.0ではさらに対応範囲が広がります。Terrascopeは、次のような領域で企業の対応を支援します。
第三者保証に対応できる基準年データの整備
V2.0では、カテゴリーA企業に対して、目標認定前に基準年のGHG排出量データと目標設定指標の限定的保証が求められます。第三者保証では、各排出量の根拠となる活動量データや排出係数まで追跡できるトレーサビリティが重要です。Terrascopeでは、データの出所から算定結果までの履歴を管理し、排出係数の更新にも対応しながら、一貫性のある算定を支援します。
重要性に基づくScope 3の算定・分析
V2.0では、一律のカバー率に代わり、5%以上を占める重要なScope 3カテゴリーを特定して目標を設定します。Terrascopeでは、カテゴリー・サプライヤー単位でScope 3を可視化し、サプライヤーからの一次データ収集や、サプライヤー固有の排出係数と業界データベースを組み合わせた、より詳細な算定を支援します。
FLAG・土地セクターへの対応
土地由来の排出量や炭素除去の算定には、活動量データと「土地セクターおよび炭素除去(LSR)基準」に沿った算定が必要です。Terrascopeは、SBTi FLAG・LSR対応をエンドツーエンドで支援します。
5年サイクルでの継続的な目標・進捗管理
V2.0では、5年サイクルでの目標設定・更新に加え、取り組みや障壁の年次開示、サイクル終了時の進捗評価が求められます。Terrascopeでは、複数年にわたるGHG排出量データを継続的に管理し、前年比の変化を要因別に分析することで、削減施策の効果や進捗を把握できます。
目標を実行可能な削減計画へ
V2.0では、科学的根拠に基づく目標だけでなく、実行可能な移行計画も重視されます。Terrascopeでは、サプライヤーや事業部門ごとの削減機会を分析し、削減シナリオをシミュレーションすることで、GHG排出量の算定結果を具体的な削減施策の優先順位付けにつなげます。